わが家に欠かせない器になった

 それ以来わが家では、煎茶もほうじ茶も、お茶といえばこの蕎麦猪口を使っています。

 実際使ってみると、蕎麦猪口……と言いつつお蕎麦を食べるには小さいし、お茶を飲むにも量が入らないのですが、気付けばこの蕎麦猪口を手にしています。

 一度湯呑みを整理した時も、きれいな柄の入ったものやサイズの調度いいもの、高かったもの等はすべて処分したのに、この祖父の蕎麦猪口だけは残りました。

すべてが「味になる」骨董の良さ

 骨董の良いところは、暮らしにも風景にもすぐに「馴染む」というところだと思います。

 それを「どこがどうだから」と言葉にするのはとても難しいのですが、例えて言うなら「全てが味になる」。

 新しいものが汚れたり傷がつけば、それは単なる汚れや傷。でも長く使われてきた骨董には、それらも全部受け止める力があります。だから祖父の「文」という文字も見る度いいなぁと思うし、茶渋や薄くなった柄も、全てが味になっていいなぁと思う。

 そしてこんなに小さな蕎麦猪口なのに、何を入れても様になるから安心できる。

 祖父母の家の倉庫で、「まぁたくさん出回っていたものだろうから」などと考えていた自分に何度後悔したかわかりません。もっとたくさんあったのに、もっとたくさんもらってくれば良かったと、今も見るたび祖父母の家の倉庫に取りに行きたい!と思う程です。

chasさんの記事一覧

もっと読む

これもおすすめ