子どもはもう、自分だけの船に乗り、漕ぎ出している

 それは、どんなに幼くてもこの世に生まれたときから、ひとりひとり自分だけの船に乗りこみ、その子自身のオールを持って、すでに人生の海を漕ぎだしているように見えたからです。親の存在は波のようにその船に大きく影響を与えるけれど、それだけでその船の針路のすべてを決められるわけではない。自分の力でたくましく育っていく子どもたちの航海を、一緒に船に乗り込むのではなく、波になってそっと運びながら、そばで見つめられるという幸運を得ただけなのかも知れない、そう思うようになりました。

 親子だからって、性格が似ていないことだって往々にしてあります。それならば、性格が「合わない」部分が出てきても、しょうがないことだと思います。だって、血を分けた親子といえど、まったく別の人間だから。だから、たとえ子育てに行き詰まったとしても、もっと言えば、もし「可愛く思えないときがある」という人がいたとしても、心の中で「この子のこういうとこ、合わないわ~」と、受け流していいときもあるんじゃないでしょうか。その逆に「この子のこういうとこ、素敵だわ~!」と、感心したり、尊敬したりも、いっぱいすればいいと思うのです。

 それくらい、我が子を離れて見てみてもいいと思うのです。自分の子どもだけど、別の人間だから。当たり前だけど、一生懸命に子どもと接していると、それを忘れてしまいそうになることがあるんです。でも、我が子だけど、自分とはまったく別の人間なんだ、ということを認められたら、随分と楽になれる気がします。

 どうせ子どももいずれ、「親のこういうところ、合わないわあ」なんて、勝手に思うようになる日が来るものなんじゃないでしょうか。

 そうして、遅かれ早かれ、いずれはそれぞれがはっきりと別の人生を生きていくことになります。

 いまは、こっそり寝顔を見つめ、手を伸ばせば髪を撫でられる。いまだけは、家族という集合体の中で暮らすことができる、長いようでほんのわずかな時間なのかも知れません。

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