「えっ! フォークだけでこんなにあるの?」とお友だちに驚かれるひとみさん。確かに口に運べればフォークは何だっていいかもしれません。けれど、カトラリーだって、食卓を楽しむためのエッセンスのひとつなんです。

自分で選んだ素敵なものに囲まれたい

 物心ついた頃よりわたしには収集癖がありました。

 幼い頃は道端に落ちている缶ジュースのプルトップを“指輪”と言って拾い集め、砂場で見つけた綺麗な石や貝殻、お菓子の包み紙に千代紙やビー玉、ビーズのガラクタ収集。

きれい、かわいい、好きなものを集めてしまう少女でした
きれい、かわいい、好きなものを集めてしまう少女でした

 少し大きくなると、ノートや鉛筆等の文房具へと変わっていきましたが、折角集めた文房具も勿体無くて使えず、ただひたすら集めて終わってしまっていました。

 思春期を迎えるとたくさん集めた文房具も幼稚で使うに使えないし持っている事もだんだん恥ずかしくなり、近所の子供にあげたりして、集めるだけ集めて使わないという事に虚しさを覚えるようになったものです。

 使いもせずただ集めた文房具たち。無駄だったのでしょうか……。

 そうしてだんだん、自分の部屋に置いて毎日目にして使う物。インテリアや雑貨に興味の対象が移っていきました。

 自分で選んだ素敵な物に囲まれていたいな……。

 そう夢見て、中学で自分の将来の進路を決め、高校を出たら上京をしてインテリアや雑貨の勉強ができる学校に通いました。

 その後、自分が望む仕事や学んだ事を活かす仕事に就いて何かを成し遂げた……なんて事はなく。

 完全に自己満足の楽しい学生生活を送り、色々な仕事を経験して普通に結婚して家庭に入り、子供に恵まれ日々日々の暮らしを愛しみ。

自分が選んだものが少しずつ集まる幸せ

 若い頃の夢なんてすっかり忘れてしまったような気になっていましたが、思春期の頃に思い描いた、素敵な物に囲まれていたいという夢は、今割と叶っているのでは? と気付きました。

お気に入りが詰まっています
お気に入りが詰まっています

 毎日暮らす家の中にある道具一つひとつ、自分が気持ちよく暮らすために選んだものが少しずつ集まり、結婚9年目にしてやっと満足の行く家になってきたのではないかと感じています。

 そうしてつくづく、そういう空間に自分が存在しているという事が幸せなのだなぁと感じました。

 こうやってきっと、わたしはこれからも暮らしの中で必要な道具を収集し続けては満足感を得るのだと思います。

 楽しいばかりだったわたしの学生生活は無駄ではなかった。

 側から見たら無駄と思われるかもしれない事も、自分にとっては大事な気付きだったり、経験値に繋がったりしているものではないでしょうか。

効率的でないかもしれないけれど

 効率を愛し無駄が嫌いなお友達が家を訪れた時に、手土産で買ってきてくれたスイーツを出す際

 「このお皿に乗せて、フォークはどれにしようか……こっちとこっち、どっちがいいかな?」

 なんてブツブツ言いながら水屋の引き出しを開けて選んでいたら、

 「えっ! フォークだけでこんなにあるの? と言うか、一体何種類揃えてるの? 一種類あれば十分でしょ!」

 と、言われ面食らってしまいました。

 確かに確かにおっしゃる通り! 貴方が正しい! フォークなんてスイーツを口に運べればなんだっていいのです。

 けれども、そのスイーツをより美味しくより楽しく頂くために、一番合う器を選び、器にもスイーツにも合ったカトラリーを選ぶ。

 それはわたしにとっては仕事に行く旦那さんのスーツに合わせてネクタイを選んだり、大事な人に合うために、とっておきのお洋服に合わせる靴やアクセサリーを選んだりするのと同じ事。

 一緒に食事をする相手に対しての思いやりからくる、ささやかなおもてなしの一つなのです。

 それだから、ネクタイやアクセサリーが一つあれば十分……ではないのと同じで、カトラリーも何本、何種類あっても足りないと感じてしまいます。

 わたしの収集癖が余計にそうさせているというのもあり、素敵なフォークを一つ見つけたら、揃いでナイフも欲しいしスプーンも欲しい。

 とどまる事を知らないのです。

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